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東京地方裁判所八王子支部 昭和63年(ヨ)652号 決定

主文

一  債権者が債務者の設置する「明星学園中学校」における中学二年生(債務者が用いている小学校・中学校とおしの呼称で八年生)の地位にあることを仮に定める。

二  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

主文同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

本件申請を却下する。

第二  当裁判所の判断

一  昭和五七年三月頃に債権者(その法定代理人親権者父母)と債務者との間に在学契約が締結され、債権者が、同年四月債務者の小学校に入学したこと、債権者は、六年生の昭和六二年一二月一日、小・中学校長依田好照から七年生(中学校一年生)への入学拒否の通告を受けたこと、債権者の父甲野太郎は昭和六三年一月末中学校への内部進学願書を提出し、債権者は同年二月一日内部進学テストを受験したが、受験の日に債権者の進学を拒否する旨の内容証明が送達されたこと、債権者が同年三月小学校の課程を修了したことは、当事者間に争いがない。

二  債権者は、昭和五七年三月に債務者との間に成立した在学契約は、小・中・高一二年間(少なくとも小学校・中学校九年間)の在学契約であると主張するので、まず、この点につき判断する。

1  債務者は、私立学校法第三条により学校設置の認められた学校法人で明星学園の設置者であり、明星学園小学校・同中学校・同高等学校をそれぞれ設置していること、明星学園は、大正デモクラシーの息吹を受けて大正一三年に設立され、「〈1〉ひとりひとりの子供を大切にし、個性豊かな人間に育てる。〈2〉基本的な知識を身につけさせ、知性を育てる。〈3〉自然に親しみ、強い意思と豊かな情操を育てる。〈4〉創造的な活動を大切にする。」を建学の理念として掲げていること、明星学園が自由な校風と個性の尊重を掲げ、子供たちの個性を尊重してきたこと、債務者は、小・中一貫の教育理念を誇りとし、昭和三四年から同四八年までの間四・四・四制を採用していたこと、現在でも、明星学園の小学校一年から九年までを独自に小学校前期、小学校後期、中学校の三段階と統一的に捉え、小・中一貫の独自のカリキュラムを組んでおり、たとえば電気に関する事項は電池も含めて六年生まで(いわゆる小学生の間)に一切教えず、八、九年生(いわゆる中学二、三年生)のときにまとめて教えることになっていること、これは、同学園のカリキュラムが、「教育というものは子どもの成長をその個々の子どもの発達の度合いと現実に即して助けていくものである」との理念に立ち、何年生はこれが出来なければダメという見方ではなく、その子その子の発達段階に合わせた「順序」があるという見方で作成されているためであること、「ひとりひとりの子どもをくっきりとした個性と自由な精神の持主に育てる」といった明星学園の教育方針は小・中共通のものであり、また、昭和三六年以来今日まで小・中合同で公開研究会を実施し、途中から編入してきた生徒への対応の問題など、小・中一貫教育を前提にした教育上の諸問題について討議を重ねてきていること、このほかにも、小学校と中学校の校長・教頭・運営委員会・教職員会議・PTA・学園章・学園歌・運動会・合唱授業・校舎など共通であるなど、小・中一貫教育を示す特徴は多数存在すること、債務者は昭和五六年一一月六日、同一一日の二回「卒業生は明星学園中学校へ全員進学できます」と謳った小学校の児童を募集する新聞の折込チラシを配付したことがあること、以上の諸事実のため債務者学校の児童・生徒の父母の認識も小、中一貫ということで一致しており、過去に一人として六年生から七年生への進級を拒否されたことがないこと等の事実は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実と疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

(1) 明星学園は、一貫教育を標榜し、昭和三四年から同四八年までの間四・四・四制という公立学校の学制にとらわれない独自の学制をとっていたが、その後六・三・三制となり、明星学園小学校、明星学園中学校、明星学園高等学校が設置されており、右各学校は、個別に学則を定め、(小、中学校の卒業生が中学校、高等学校に進学するいわゆる内部進学の場合はさておき)個別に入学者の選考を行っており、入学希望者は入学を希望する各学校に願書を提出して各学校の実施する選考を受け各学校の入学許可を得て入学手続の上、債務者との間で在学契約を締結するとされているが、現在でも、小学校の一年生から高等学校の三年生までを一年生ないし一二年生と呼んでおり、明星学園の小学校一年から九年までを独自に小学校前期、小学校後期、中学校の三段階と統一的に捉え、音楽の授業が一年から九年まで合唱に統一されているなど小、中一貫の独自のカリキュラムを組んでいる。

(2) 債務者は、昭和四八年頃一貫教育の推進のための一過程として小・中学校一体化を議論し、全園会議で、初等部と中等部の一体化を決定し、そのため昭和四九年四月小学校と中学校の職員室をひとつにし、現在では、小学校と中学校の校長・教頭・運営委員会・教職員会議・PTA・学園章・学園歌・運動会・合唱授業・校舎などが共通となっている。

(3) 債務者では、昭和五五年に到り高校への内部進学に際し学力試験を行い進学のための資料とすることとなり、このため中学校から高等学校に進学できない者も生じるようになった。このため債務者は、小学校受験生を持つ親へ不安を与えないために昭和五六年一一月六日、同一一日の二回「卒業生は明星学園中学校へ全員進学できます」と謳った小学校の児童を募集する新聞の折込チラシを配付した。

(4) 債務者は、昭和五七年からは小学校から中学校への内部進学の際にも学力試験を行うこととなったが、質的に多様な人間の能力をテストでは測れないとの見地から右試験は中学校への合否判定の資料とされるものではなく、進学後の指導上の資料にされるにとどまっている。

(5) 債務者の小学校から中学校への内部進学の手続は、児童の父母が中学校七年生への入学願書を提出し、小・中学校合同職員会議で就学を承認するか否かの判定を行い、その後外部からの受験生と同一の学力試験(合否判定の資料とされるものではない)を受験し、合格通知の後入学手続を行うとされている。しかし、右就学の可否についての明文の判定基準は定められていず、昭和六二年に債権者他一名につき右職員会議がもたれるまで過去に就学判定の職員会議が行われたこともなく、本件に至るまで一人として六年生から七年生に進級するに際し、進級を拒否されたことがなかった。また、学校から児童やその父母に対し、中学校進学に際し、進学できないことがあるとの文書等での説明が行われたことはない。

(6) これらのことから、債務者学校の児童・生徒の父母の認識も小・中一貫ということで一致しており、小学校の卒業生は当然中学校に進学できるものと考えられていた。

3  以上の事実に基づいて検討する。

一般に一貫教育体制を標榜する学校にあってもその多くは上級学校への内部進学につき明文の進学判定基準を設け、これを児童、生徒及びその父兄に公示して、選抜を行っており、このような場合、小学校、中学校、高等学校は学校教育法上別個のものであるから、一貫教育体制をとるということから直ちに在学契約締結に際し一貫教育期間全体についての在学契約が締結されたとみることができないのは明らかである。また、債務者の小学校への入学希望者は入学を希望する小学校に願書を提出して小学校の実施する選考を受け小学校の入学許可を得て入学手続の上、債務者との間で在学契約を締結するのであるから、中学校及び高等学校についての在学契約をも併せて締結するとの明示の合意がある等特段の事情のないかぎり、入学を希望した小学校についての在学契約が締結されたものというベきところ、前記1、2の諸事実、特に、債務者が小学校と中学校との九年間を一体とする特殊なカリキュラムを編成していること、制度的にも小学校と中学校との一体化を図っていること、また、昭和五六年一一月六日、同一一日の二回「卒業生は明星学園中学校へ全員進学できます」と謳った小学校の児童を募集する新聞の折込チラシを配付して小学校への入学申込を勧誘したことからすると、右の勧誘に応じて小学校卒業時には当然中学校に進学できるものと信じその意思で昭和五七年度に小学校への入学を希望した者との間には、右特段の事情が存在するものとみるべきであり、疎明資料によれば債権者も右希望者の一人と一応認められるから、債権者と債務者との間に小学校、中学校九年間の在学契約が成立したものと認めることが出来る。しかし、それ以上に債権者と債務者との間に高等学校まで一二年間の在学契約が成立したものと認めるべき特段の事情についてはこれを認めるに足りる疎明がない。

三  次に債務者の本件進学拒否は債権者との間に成立した在学契約の解約の意思表示と解することができるので、その効力につき検討する。

在学関係はその法的性質上特段の事情がないかぎり学校側からは一方的に解約することはできないものと解されるところ、債務者の主張する債権者の精神障害にかんする事情は、疎明資料によって一応認められる。債務者は債権者の入学選考時において債権者に右障害があることと知っていたこと、小学校在学中に全体としては債権者の状態が改善されたことに照らし、右特段の事情にあたるということはできないばかりか、本件疎明資料中の東大医学部付属病院精神神経科医師作成の意見書によれば、「債務者の将来のためには早急に明星学園中学校に復帰することが望まれ、そこでの教育は、特別な配慮を避け、仲間として平等に扱うことだけで充分適応可能であり、問題とされる行動も解決する。」とされており、債務者のこの点に関する主張は失当といわなければならない。

四  疎明資料によれば、債権者は債務者の中学校への進学拒否のため、現在中学教育を受ける機会を奪われる結果となっていることが一応認められ、保全の必要性が認められること明らかである。

五  以上によれば、本件申請は理由があるからこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 清水 篤)

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